「彷徨さん、じゃあ俺らはお先に」 「・・・・・」 荒れた夜の町に蠢く数人の少年達。手に手にバットや何かを持っている。 そのそれぞれに何かを殴ったようなへこみや血痕らしき物が付着していた。 「 Atom −序章・エゴー 」 2XXX年、火星。この時代、人類の母星である地球――その中の小さな島国・日本 では、天変地異とも言える特殊能力を持った子供が生まれ始めていた。通常では 有り得ないような能力を持ったそれらの子供達は、ある程度成長するとここ、火星に隔離される。 それらの子供達を管理しているのが、科学研究組織『アトランシス』。 地球に本部を置き、地球の全てを取り仕切る国連と世界一の座を争っているほどの大組織である。 ―――といっても管理とは名ばかりで、現実には『ヤヌエス』と呼ばれる地域に子供達を 放置しているに過ぎない。 子供達はヤヌエスの中に4つの小都市を作り、独自のルールで生活していた。 小都市‘シド’‘コア’‘ノア’‘エゴ’には、それぞれ首長に当たる若者がいる。 これは『アトランシス』により数年に一度指名されるが、タイマンで彼らに勝利した者には 長の座が約束される。 そして子供達が22歳になると、『アトランシス』へと引き抜かれることになっているのだ。 子供達は『アトランシス』を組織、もしくは施設と呼ぶ。 その小都市の一つ、‘エゴ’で長を務めるのは先程「彷徨(カナタ)」と呼ばれた18歳の少年である。 このエゴは、治安が悪く他都市との交流も少ない無法地帯だ。 「・・・・つまらない」 彷徨は溜息をついてそう呟いた。長としてヘッドと呼ばれる事も、周りの少年が媚びて来る事も。 もしかしたら生きている事に対してかもしれない。そんな事を考える事すら、面倒だった。 「・・・・・・?」 いつものように自宅マンション(と言っても廃屋に近い)まで戻ってきて、ふと違和感を覚える。 この建物に彷徨以外の住人はいない。だから人の気配がするはずなど無い―――はずがないのだが 非常階段の裏に、誰かがいるようである。 普段の彷徨ならそんなものは気にしないが、今日に限って少し興味を惹かれた。 「お前何してんの?」 暗がりへと声をかける。全く警戒していないのは自信からなのだろうか。 「っめぇ、誰だ・・・っ」 「先にこっちの質問に答えろよ」 彷徨がそこにいた少年の息の荒い問いを交わすと、少年は不意に彷徨に飛びかかった。 街頭に照らされたのは体格の良い、彷徨と同年代の少年だ。 「っ!」 「・・・っ・・・・」 が、そのまま彼は彷徨へと倒れこんでしまう。咄嗟に受け止めて顔を覗きこむと、既に彼は 意識を失っていた。 「・・・僕にどうしろと言うんだ?」 いくら他人のことになど興味は無いとは言えこうして腕を差し伸べてしまった相手を、路上に 放置しておけるほど彷徨は狭量な人間ではない。 が、細身の彷徨に大柄な少年を抱え上げるほどの腕力があるわけがなく、仕方がないから 彼の身体を引きずって、部屋へとあがる。 途中の階段でえらく鈍い音がしていたようだが、そんなことは彷徨の構い知った事ではない。 彷徨の暮らす一室は、マンション内で生活機能を残す唯一の場所だ。 その中で彼が使っているのはキッチンとリビング、トイレやバスルームくらいのものだ。 残る部屋の内、ベッドまで準備された寝室に少年を放りこむ。 彷徨は基本的にリビングでの生活だ。 「・・・・・」 キッチンへ戻ってミネラルウォーターのボトルを空ける。 ――――――今更になって、何故彼を拾ったのか考える。 他人を信じても裏切られるだけだと、解っているはずなのに。 「裏切られる、だけなのに・・・・」 強く拳を握ると、忘れてしまいたい幼い頃の痛みが蘇える。 明日の朝、あの部屋に彼はいないだろう。 きっと、彷徨など気にもかけず出て行くはずだ。他人、なのだから。 そう溜息をついてベッド代わりのソファに身を沈める。 静かに目を閉じると、そのまま深い眠りに落ちていった。