「 Atom −序章・シドー 」 「痛っ・・・畜生・・・っ」 場所は変って‘エゴ’の隣に位置する‘シド’である。 夜も遅いと言うのに、十数人の少年が一つの建物に集まっていた。 「エゴの奴ら、後ろからいきなり・・・っ!」 「あいつがいた!エゴのヘッド・・・左右の瞳の色が違う奴!」 少年達が言い募るのは彼らのリーダー、シドの長である星覇(せいは)。 長髪の小柄な少年で、右目を頭から包帯で覆っている。 彼は茶色がかった金色の左目を細めて呟いた。 「彷徨か・・・珍しいなあいつが出てくるなんて」 「アイツ笑っとってんぞ!」 想像つくよ、と星覇は溜息をついた。 (「しかしこれは問題になるな・・・あっちが出てきたんなら俺も出るしかねーかなぁ・・・」) 「どうするんだ星覇?」 「あんなクソガキにナメられっぱなしっちゅーのは許せんで!」 「向こうはヘッド出してきてんねん、こっちもお前が出んとあかんやろ」 「闇討ちって手もあるけどな」 年長組――割合的に少ない星覇より年嵩の者達が、口々に言う。 シドには関西人が多い。おそらくそれは『あの男』がいるからだろう。 そう、火星へ来る関西人の中で、一番有名な男が。 「おーおー皆血の気多いのぉ。物騒な世の中になったモンやで」 「お前に言われたくねーよ勇我!」 「そらそーや(笑)」 奥から現れたのが、関西人の(以下略)、勇我(ゆうが)である。ポジション的には シドのNo.2とも言える少年だ。 星覇と仲が良く、他にも友人が多い。それも彼の人当たりの良い性格から くるのだろう。同じことが星覇にも言える。 「どっちでもええけどな、やんねやったらさっさとやらんと。皆キレてんで?」 「・・・解ってる。けど無闇に手ぇ出したら小競り合いじゃ済まなくなる」 長が表に立つ、と言うことは地域全体が動くと言う事だ。長が手を出すということは 地域全体が争う態勢だということ。星覇としては大きな抗争は避けたいのだ。 シドは人口が多い。抗争が始まれば必然的に犠牲者も多くなる。 「そらまーそーやけど」 「とにかく今度1回彷徨に会ってみっからさ、それまでは今まで通りにしててくれ」 長としての彼の言葉に、その場にいた少年達は、渋々といった風ながらも頷いた。 それを見届け星覇が溜息をつくと、からかいを含んだ威勢の良い関西弁が飛ぶ。 「なんやセイ、思春期なツラしよって!似合わんぞ☆」 「・・・・勇我君、なんなの思春期なツラって」 「おぉミシェル!おったんか。何ってか?そらこーゆーののこっちゃ」 言いながら星覇の頬を引っ張り伸ばしながら、新たに現れた女に笑いかけた。 頬を伸ばされたまま仏頂面でぶつぶつと文句を言う星覇とは対照的に、 ミシェルと呼ばれた女はにこやかだ。 「あたし一応日本人なんだけどなぁ。なんでミシェルなの?」 「何となくちゃう?敢えて言うなら『美月』の『み』からやろ」 「ほれはいひょにひひだひたのコウだほ」 「・・・・・・星ちゃん、何言ってるのかわからないから」 「ひーかげんはなへよがっち。・・・だからそれ最初に言い出したのコウだって」 ようやく手を離してもらい、掴まれていた所をさすりながら星覇は繰り返した。 そして仕返し、とばかりに勇我の背中を蹴り付ける。 「私、てっきり星ちゃんが言い出しっぺだと思ってたわ」 「えっなんで!?」 「だって星ちゃん変人だし・・・ねぇ?」 「ミヅ!?それどーゆー意味!?」 「やぁね、そのままの意味だって」 あっさりと返された愛しい彼女からの言葉に、星覇は勇我の背中に縋り付き 泣き真似をしてみるが彼女は全く動じなかった。 「ああ、一行君から電話会ったよ?明後日来いって」 「流石やミシェル、あのセイの上目遣い攻撃をこうも完璧にシカトするとは・・・ セイ、お前彼氏として情けなくないか?」 「ちょっとな」 目薬を拭いながら(いつの間に用意したんだと残っていた他の少年達は心の中でツッコんだが) 星覇はあっさりと肯定した。その様子に軽く笑うと、勇我は再び美月に目を向ける。 「どないしたん、そんなトコ立ちっぱなしで」 「え。・・・ああ。うん、たいしたことじゃないんだけど・・・ 星ちゃん、彷徨君には気をつけたほうがいいわ。 頭が切れる、敵に回したくない、って施設本部でも評判らしいから」 「・・・・・伊吹さんは?」 「‘定年退職で良かった’って。・・・まあ彷徨君の性格じゃ下克上なんて有り得なかっただろうけど・・・」 伊吹はエゴの先代長である。彷徨に負けず劣らず細身で小柄な人物だが、長年の間 エゴの荒くれ者達と渡りあい、ことごとく従えてきた大物だ。 彼は2年前に定年―22歳となり、アトランシスの本部へと引き抜かれた。 それに伴い、7年間守りつづけた長の座を彷徨に譲った。彷徨は、アトランシスだけでなく 伊吹本人からも指名を受けていたと聞く。 「マジかよ・・・」 「伊吹さんらしからぬ弱気な発言みたいだけど・・・でも本音でしょうね」 伊吹がまだ現役の長としてエゴを徘徊していた頃、まだ子供だった星覇達にとっても 彼は絶対的憧れの的だった。もちろん自分の地域の長も尊敬していたが、時折訪れては彼らのような 言うなれば下っ端の少年にも変らない態度で接してくれて、とても嬉しかったのを覚えている。 ちなみに星覇が長となったのは、エゴで伊吹が引退した数ヶ月後――13歳になったばかりの頃だ。 「まあ、星ちゃんなら大丈夫だって信じてるよ」 「おう、任しとけ☆」 「お前のその自信はどっから来るんやろな;あの伊吹さんが直接やりたない言うてんのに」 「・・・どーせやらなきゃなんないんだ。弱気じゃ埒あかねーもん」 「まーな」 星覇と勇我は顔を見合わせて、小さく笑いあった。