「 朝っぱらから 」







 
翌朝10時。ほとんど人気のない室内に、けたたましく電話のベルが響いていた。
 

「・・・っ・・れだ朝っぱらから・・・っ」
 

十数回目のコールでようやく部屋の主である彷徨が身じろぎ、不機嫌そうに電話を
睨みつけた。どうやら受話器を取る気はないらしい。
 

(「どうせ施設からの定期連絡だろ」)
 

決めこんで再び寝る体勢に入る。もうすぐ相手も諦めるだろう。
そう思って意識を手放そうとした時。
 

「朝っぱらからうるせェんだよ!!」
 

不意に呼び出し音が途切れ、入れ替わりにどこかで聞いたような声がした。
咄嗟に顔を上げた彷徨が見たのは、昨夜マンションの前で拾った少年だった。
寝起きの、回らない頭で必死に考えているうちにはた、と気がつく。
 
彼は今、彷徨にかかってきた電話に出ている。
 

「あ!?俺は影時だ。てめぇこそ誰だ?」
「てめぇ何勝手に出てんだよっ」
「ふざけた事抜かしてんじゃねェぞ、だいた・・・い”っ!?」
 

精一杯の力を込めて影時の背中を蹴り飛ばす。
必死になって電話の向こう側と言い合っていた彼は、抵抗する間もなく前へと傾き
派手な音をたてて受話器を取り落とした。
 
何をする、と振り返った彼をギロリと睨みつけて、黙っていろと視線で脅す。
 

「・・・もしもし?」
『・・・・・・・・〜^^−〜−〜〜・・・』
「・・・?」
 

ツーツーという電子音がしないと言うことは、回線は開かれているはずだ。しかし聞こえてくるのは
遠い笑い声と微かな言葉。なんなんだこいつは、切ってやろうかと受話器を下ろしかけたとき
ようやく電話の向こうにまともな人の気配がした。
 

『・・・・あ、もしもしー』
「あんた誰」
『星覇だけど』
「・・・・・最悪お前」
『は?俺なんかした?』
「お前じゃない」
 

電話の相手を知り、彷徨は頭を抱えた。ベッド代わりのソファに崩れるように座り込んでから
もう一度影時の背中を蹴りつけた。
 

「で、なんの用だ」
『ああそーそー。ちょっとさぁ話したいことがあるんで‘首脳会談’の都合つけて欲しいんだけど』
 

首脳会談――つまり長同士の正式な会合の事だ。
そういえば星覇はシドの長だったかと記憶を掘り起こした彷徨は、暫く考えてから結論を出した。
 

「断わる」
『言うと思った。でも今回は拒否権無し。あー・・・明日でいーや。明日の午前11時に格納庫前で』
「・・・・なんで」
『だからぁ、重要な話があるんだよ。じゃあまたなー』
「ちょっ、おい!!」
 

呼びかけるも虚しく通話は一方的に切られた。
 
――――彼と話すと調子が狂う――――
 
受話器を影時の方へ放り出し、自分は冷蔵庫へ向かう。
 

「・・・お前なんでいるんだよ」
「・・・アンタが拾ったから?」
 

背を向けたままの問いに少し送れて応えが返る。それは単純かつ明確な物だった。
しかし振り返った彷徨はその返答に満足していないようだ。
 

「そーゆーこと訊いてるんじゃない」
「じゃあ何て言えばいい?」
「・・・・・・・・別に」
「なんだそれは」
 

一瞬言葉につまり、質問をかわすと同時に視線を逸らす彷徨。影時は苦笑した。
そのまま二人が黙り込んだ為、室内を沈黙が包む。遠くにまだ小さい子供
―――といっても12、3歳の少年達が遊んでいるらしい声がしていた。
全体に荒れた雰囲気のエゴだが、それでも子供が無邪気に遊ぶ声など聴こえるものか、と妙に感心してしまう。
 

「目が醒めたら出て行くと思っていたか」
「!!」
 

不意に響いた影時の声に、彷徨は伏せていた目を上げた。
 

「・・・・・・・」
 

違う、とは言えない。事実、自分は昨日何と考えたのか。
 

『明日の朝、あの部屋に影時はいない』
 

しかしそれは今の現実とは異なっていて、彼はこうして彷徨の目の前にいる。
それが当然の事である、と言いたげな無表情で。
 

「あんた、ずっと1人暮しを?」
「・・・・・?ああそうだけど・・・」
「・・・寂しい奴だなあんた」
「なっ・・・!」
「図星だろう?」
 

畳み掛けるように言う。―――――否定は出来ない。
 
地球にいた頃から独りだった。これが当たり前だと思っていた。
信じられるのは自分だけ。他人を信じても、裏切られるだけ。
 

「・・・・礼とかしたほうが良いか?」
「・・・・・・何の」
「一応救けてもらったわけだし。そうしよう。なにがいい?」
「え・・何って言われても」
 

展開についていけずに狼狽える。が、影時は至極真面目な表情だ。
 

「・・・そんなことはどーでもいいんだけど。お前これからどーすんの」
「・・・・・・・・」
 

今度は影時が黙り込む番だった。一瞬明るくなった部屋の雰囲気が、また沈む。
 
昨夜の彼の様子は尋常でなかったと彷徨は思う。何か事情があることくらいは聞かなくても
察しはつく。どうせ追われているとかその類の事だ。
 

「・・・この部屋だったら好きに使え」
 

彷徨本人でも意外だったこの言葉に、影時は目を丸くしている。
そりゃそうだと自分でも苦笑できてしまうあたり少し複雑だが、それもアリかと思い直した。
 

「あ、そうだ。僕は彷徨。一応、このエゴのヘッドやってる」
「・・ふーん・・・・んじゃぁ・・・世話になる」
「ん」
 






これで話はまとまった。―――久し振りに誰かとの共同生活が始まる。










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