「 Warning 」













 
この状況にはいささか不似合いな、全く悪意の無い笑顔。
 
どこかふわふわとしたようなその表情を間近に見て、巧は俯いてしまう。
それが性格だから仕方がないとは言え、自分の、意地を張るばかりの言葉が少し恥ずかしかった。
 

「まあ、元々お前の事だから、どうするかはお前に任せる。好きにすればいい」
「けど・・・けど、ここに奴らが来るのは僕のせいだ」
「あ?」
「僕が施設を抜け出したからだ!発信機は壊したと思ってたのに・・・っ!」
 

唇を噛み、泣き出しそうな瞳で一行を見上げる。
警邏隊は自分を探しているのだと、絶対に施設へは戻りたくないのだとその瞳が叫んでいた。
 
一行はまた微笑みを深くする。
 
そう言えば昨夜、要にも「なんでもかんでも拾ってくるな」と言われたばかりだったが、
こんな表情を見てしまうと放って置けない。だいたい、当の要や夕貴もこれに近い形で
一行との関係が始まったのだから今更と言えば今更だ。そう苦笑して

 
「んーじゃなんとか追い返すから、それまで隠れてろな?とにかく話はそれからだ」
 

もう一度ぽんぽんと頭を撫でてやって、さて、と腰を上げる。
 
いつのまにか全員が置き出していた。気がつけば、一行の有能な右腕である閏希の姿が無い。
彼はもう行ったのかと星覇に訪ねようとして、こちらへ向かってくるらしい足音に気付く。
 

「・・・警邏か?」
「違います。足音が少ないし・・・彼らならもっと慎重だわ」
「ナツ、ミシェル、何かわかったか」
「・・・・・」

 
収穫無しだと二人が首を振るのと同時に、再び閏希が室内へ飛び込んできた。
今度は数名が後に続いている。
 

「一行。取り敢えず4人連れてきた」
「外のほうは?」
「近いところは目に付いた奴を適当に配置した。
 郊外のほうは兄貴衆に全部任せてきた」
 

淀み無く閏希が応える。やはり彼は有能であるらしい。
一行は、分かったと頷いて少し考えこんだ。
 

「・・・閏希。それから仁、二人はここと外のチーフ連中とのパイプ。
 キョウジはエゴ、雅士はシド、甲斐はノアのチーフにこのこと知らせろ。
 ・・・必要があるなら警戒を、と」
「了解!」
 

指示を受けた5人が慌しく飛び出して。
 
 
 
 
 
突如、耳に突き刺さるような破裂音と、そしてガラスの砕ける高い音。
 
 
 
 
 
一行、と誰かが叫んだ。
 
 
 
 
 
 
その一行が崩れ落ち、次に巧が。背後の白い壁が、点々と赤く汚れる。
 

「一行っ!!」

 
駆け寄りたいが、鳴り止まない銃声に舌打ち。大人しく伏せていなければ、今度は自分の番だ。
 
しばらくして、ガラスだけでなくコンクリートの壁にまで弾痕が目立ち始めたとき、唐突に
当たりが静まり返った。
 

「―――――動くな!」
 

既に原型の無い入り口の扉を蹴破って、重装備の黒い男がなだれ込んで来る。
全員が、黒光りする機関銃を構えていた。
 

「てめ・・・っ」
「動くな」

 
死にたくなければ、と言外に匂わせる。
思わず抗議の声を上げようとした星覇が、冷たい銃口に遮られていた。
ゴーグルで、男の表情は読めないが口調に迷いは全く見られない。
 
誰も動けず、ただ倒れた二人と警邏の男たちを見つめる。
巧の方は小さく痙攣を繰り返していたが、一行はピクリとも動かない。
 
その二人を、武装の男たちが無造作に抱え上げた。まるで荷物でも運ぶかのように。
 

「・・・や・・あ・・っ・・・!」
「夕貴・・・?」
「っ・・・あぁぁ・・っ」

 
不意に、搾り出すような呻き声が聞こえた。咄嗟に振り返ると、どうやらそれは夕貴の声であるらしかった。
耳を塞ぎ、そのついでに髪を掴んで背中を震わせている。
両脇の弥生、夏日が呆然とその名を呼ぶが、全く反応が無く、ただ苦しい息遣いが響くだけだ。
 

「姉さん、姉さん!どうした!?」
「くっ・・・っ・・やぁぁあ・・っ!!」
 

徐々に、どこからともなく、金属が擦れあうような耳障りな音。
まだ残っているガラスが、ガタガタと揺れる。
 

「・・・っ退がれ!」

 
佳が、まず美杉を突き飛ばす。次いで弥生と夏日も押しやって、再び夕貴を呼んだ。
 

「姉さん、落ち着け!姉さん!・・・夕貴!!」
「いやあっ離して!!!触らないでぇっっ!」
「姉さんっ・・・や、めろ・・っ!」
「っ・・・いやああっ!」
 

一層、金属音が高くなる。同時に、佳の表情が苦痛に歪んだのが、星覇たちにも分かった。
 

「何・・・?」
「・・・・暴走、か?」
「なんやと!?」
「・・・頼む、誰か姉さん止めてくれ・・・っ」
 

気付くのが遅ぇんだよ、と内心毒づきながら、佳は訴える。
このままでは夕貴本人の命も危ういのだ。
 

「けど、どうやって!?」
「今近づくのは無理だわ!」
 

夕貴は、重力を操る能力を持つ。普段は滅多に使うことは無いし、彼女はコントロール能力に長けている。
こんな―――まるで壊れた機械のような、空間が歪んでいる証拠である金属音をさせてまで、その力を放出することは無い。
が、今は錯乱状態で理性を失い、ただその能力が野放しになっている状態なのだ。
 

「・・・僕が行こう」

 
す、と彷徨が動いた。
 
スタスタと夕貴の作った重力場に踏み込んで、彼女の前にしゃがみこむ。
 

「落ち着け。―――お前が暴走したって何もならない」
 

静かに声をかけるが、夕貴は激しく頭を振るだけだった。
小さく溜息をついて、彷徨は彼女に手を伸ばす。
 



 
震えるその肩に触れようとして、しかし出来ずに仕方なく手を退いた。
 
 
 
 




next