「 一体、何が 」
 











 
夕貴の、激しく震える細い肩に、触れようとして出来ずに手を引いた。
 
 
もう一度、静かに手を伸ばす。
ス、とその肩に触れた瞬間、ビクと背を震わせて、緊張する夕貴。
 

「血を見て怖かったのか?それとも人が・・・一行が撃たれたことが?」
「っやあぁぁっ!」
 

また激しく頭を振って、その言葉を拒絶する。
同時に重力場が少し広がり、中央の負荷が一層大きくなった。
彷徨は軽く眉を寄せるだけで、やはり静かに夕貴を見つめている。
 

「・・・・大丈夫だ。一行も、巧とか言うガキも、簡単に死んだりしない。
  誰もこれ以上、お前や僕達を傷つけたりしない。
  ・・・・だから落ち着け。今、このまま暴れたら、お前があいつらより酷いことになる」
 

聞くまいと耳を塞ぐその肩を、今度はしっかり掴んで言い聞かせる。
ようやく少し大人しくなったその頭をふわふわと撫でてやって
 

「な?」
 

珍しく笑んでみたりなどして。
 
ようやく夕貴が肩の力を抜いて、そのまま床に倒れこんでしまった。
同時に金属音が止み、重力場が消える。
 

「夕貴!」
「姉さんっ」
 

夏日と佳が、介抱しようと駆け寄った。
気を失っているだけで、身体に異常は無いようだ。
 
部屋の隅のほうで、硬直していた警邏隊が再び動き出した。一行の体を支え直し、巧を抱え上げて建物を出る。
その間も、銃口は星覇に向けられたままである。
 

「各首長、及び市民の協力に感謝する。事情は、追って通達する」
「な・・・っちょお待てや!」
「それでは失礼を」
「おいってめぇらっっ!」
 

淡々と口上を述べて、警邏隊は去る。
声を荒げて呼び止めるが、相手は眉一つ動かすことはなかった。
 

「・・・・・くそっ!」
 

ダンッとコンクリートの壁を殴りつける星覇。誰も、何も言わない。
 
彼の気持ちはよく分かるし、かけるべき言葉など見つかるわけがないのだ。
一体何があったのか。未だに理解できていないような気がする。
 
皆、呆然と顔を見合わせた。少女達は少し涙を浮かべていて、男は皆、背が小さく震えている。
 
 
 
長い沈黙。誰1人動こうとしない静寂。それは耳が痛くなるほどの。
 
 
 
と、不意にそれが破られた。
 

「おいっ大丈夫か!何があった!?」
 

三度、閏希が駆け込んできた。直後、仁が同じように戻ってくる。
 

「うわっ、な・・・・んだこれ」
「すげ・・ぼろぼろ・・・」
 

まずそう驚いてから、自分達が戻った理由を思い出したらしい。
報告をするべき相手を探し、仁は室内を見回す。しかし、それが見つからず首を傾げると、閏希が低く。
 

「・・・星覇さん、訊いてもいいっすか。一行に、何があったのか」
「・・・・・・・」
「夏日さん。彷徨さん。勇我、美月さん」
「・・・・・・・」
 

己の肩を抱いた夏日が顔を背ける。美月が俯く。――――誰も応えない。
ようやく室内の異様な雰囲気に気付く仁。慌てて閏希を振り返る。
 
閏希は奥歯を噛み締めるように、それぞれの顔を見渡して、さらに問う。
 

「教えてください。何があったんですか。この部屋の様子、尋常じゃないですよ」
「・・・それは・・・・」
「星覇さん。勇我!なんで黙ってるんすか。一行は?」
「閏希、なんなんだよ一体・・・!?」
「要、夕貴。お前らもここにいただろう?」
 

戸惑う仁に構うことなく、閏希が呼びかける。
 
頼むから、と呟かれて全員がまた顔を見合わせた。
 
やがて意を決したように星覇が口を開く。
 

「コウは。・・・コウが、撃たれた。意識失ったまま運ばれて、それで・・・っ」
「っ!」

 
閏希が小さく息を詰め、仁がまさか、と目を見張る。
 
それでも閏希は、やはり、と一度目を伏せ、深呼吸をしてから顔を上げた。
何かを言おうとして迷い、言葉を選んで、そして言う。
 

「・・・一行の事がはっきりするまで、コアを、星覇さん、夏日さん、彷徨さんに預けます。施設が何を言おうと、
他のコアの人間が何と言おうと・・・一行が戻るまでは。俺らチーフは、一行に従うのと同じように、
あんたらに従います」
「ジュンキ・・・」
「・・・・・わかった。引き受ける」
 

星覇が頷くと、閏希は深々と頭を下げた。少し遅れて仁もそれに倣う。
 
普段、誰にも頭を下げることなどない若者達が、しかもコアの全てを担うチーフの幹部が、揃ってそうしているということは
その決意が本物であるという証拠だ。
 

「俺らチーフが、出来る限りの事はする。あんたらには矢面に立って欲しい」
「頼みます。どうか・・・・」
「・・・こっちこそ。コアの事はお前たちが一番よく知ってるんだ。・・・頼りにしてる」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どこまでも白い部屋がある。
床、天井、壁。全てが白く、ひどく無機質な、だがどこか懐かしい空間。
 
よく見ると、その部屋の床は十数cmの水で覆われていた。
風も、水の出口も、新たに落ちる水も無いのに、そこには時折さらさらと水流が生まれているようだ。
 
 
 
―――――――ポー・・・ン       
 
 
 
小さく高い音。ワイングラスを軽く合わせたような、心地良く澄んだ音が響いた。
それは、不安定なリズムで果てなく続く。
 
 
今は、それを聴く者は誰一人いない。
 
 







 
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コウ拉致られ後の巻。 ジュンキ君はコア一の苦労人。ヘッドのために日々苦労を背負ういい人です。 これから女の泥沼略奪愛篇が始まります。嘘です。(でもちょっと当たってる) byマジコ