「 溜息と想い出と、それから 」










もうすぐ、あの日から一週間が経とうとしている。
コアの全ての住民、そしてその場に居合わせた者たちにとって、悪夢のようだったあの一日から。

ヤヌエスの生活は、ほぼ元に戻りつつあった。
コアは、一行がいなくてもチーフのメンバーを中心によくまとまっているし、他の地域のヘッドをはじめ
大勢が其れを支えていた。
しかし、やはりコアには以前ほどの活気は見られない。


「・・・大丈夫かしらね、夏日は」
「え?」
「随分余裕が無かったようだから」


既に習慣となりつつあるコアでの昼食をとりながら、美月は呟いた。
隣では、星覇がうーん、と溜息をつく。


「夏日はなぁ・・・一行のこと、一番大事にしてたから」
「やっぱり、ねぇ」
「つーか俺は、夏日もやけどキャシーも相当やと思うぞ」


今まで黙々と箸を動かしていた勇我が、ボソッと口を開いた。
ひたすら食べながら、また黙り込んでどこか一点を見つめている。

星覇と美月は顔を見合わせて小さく首を傾げる。


「キャシーって・・・夕貴のことよね?」
「がっち・・・?」
「まぁ・・・一行は、夏日にとっても夕貴にとってもオトコやっちゅーこっちゃ」
「そう、だったんだ・・・」
「まーそんな深刻な顔しとらんと。せっかく夕貴が作ってくれてん、冷める前に全部食うたれや」
「・・・うん」


にか、といつもの笑みを浮かべて、二人を促す。
一瞬の沈黙も、違和感なく取り去られた。

星覇は、これが勇我のすごいところなのだと思う。
こういう彼の性格に惹かれてチーフに入った者も多い。
星覇自身、初対面の時にひどく目を惹かれたことを覚えている。


「うっし、ごちそーさん。・・・俺ちょっと、要のトコ行って来るわ」
「あ、ああうん」
「ここ戻ってくる?」
「んー・・・そのままシド帰るわ」
「そう、わかった。それじゃぁまた夜にね」
「おー」


食器を片付けて、勇我は部屋を出た。
其れを見送って、美月は溜息をつく。


「勇我君も相当ナーバスよね。当たり前なんだけど・・・。
 星ちゃんも、無理は絶対しないでね?」
「わかってる、サンキュ。・・・つーかさぁ・・・一行が死んだとかさぁ、
 もう会えないとかさぁ・・・っ・・・・!んなの、まだ全然、信じられねんだって・・・っ」


情けねぇかなぁ、と嗚咽を漏らす。
下を向いて、歯を食いしばっても止まらなくて余計泣けた。


美月は、彼が泣くところを―――此れが初めてとは言わないが―――ほとんど見ないので、何をして良いか解らない。
とりあえず触れるべきでは無いような気がして、ただ星覇を見つめていた。














一方外へ出た勇我も、美月と同じように溜息をついていた。


「あかんなぁ・・・気ぃつかわせとるわ」


美月も星覇も自分より他人を気にする性質だとはいえ、勇我としては
いつも自分が人を心配する役目を担っている分、時折あんなふうにされると落ち着かない。
あの2人だって――特に星覇が、一行のことでショックを受けていないわけが無いのだ。 
それでも其れを表に出さないのは、これ以上勇我に負担をかけないための気遣いだろう。 






実質シドのナンバー2である勇我は、星覇がコアにいる間のヘッド代行を引き受けている。

別にコアの面倒を見るのは星覇でなくても良いはずなのだが、それぞれ他の二人の事情により
ほぼ星覇が全てを任されている状況だ。それも仕方の無いことではあるのだが。

彷徨は、エゴの内部のことで忙しい。
無法地帯とも呼ばれるエゴを、長時間放りっぱなしにしておくことは出来ないのだ。
また、いつもなら非常に頼りになる夏日も、今回のことではかなりショックを受けているようで
あれ以来、あまり表舞台に出てこない。数度交わした電話での言葉も、疲れたような声だった。


「お前阿呆やで一行。・・・お前があんなカタチでいーひんなるとは思わんかったわ」 


昔はしょっちゅう、いついーひんなるやろって考えたけどな、と心中で付け加える。
何度彼を背負って病院まで走ったかもう憶えていないが、其のたびに彼の死すら覚悟していたように思う。


それが、こんなカタチで、こんなに時間が経ってから訪れるなんて。


「さすがの俺でも泣きたくなるわほんま」


要のいるマンションの前で、小さくまた溜息をついて、今度は気合いを入れる。
そのまま三階まで一息に駆け上がって、目的の部屋のドアを勢い良く引き開けた。



今は、そんなことを思い出している場合では無いのだと、心の奥で強く自分に言い聞かせながら。











 
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