その場にいた全員が、一瞬言葉を失った。











「 あいつは一体・・・ 」






 

 

「大丈夫ですか!?・・・一行さん、箒とちりとりを取ってきてくれますか。要君、雑巾持ってきて」
「おー」
「あ、うん」
 

いち早く動いたのは、夕貴だ。
 
影時は持っていたグラスを落としたらしい。
グラスの方は、運悪くテーブルの角に当たり割れてしまっている。
夕貴は、二人に指示を出し、膝を濡らしてしまった影時をさがらせる。
 

「何やってんのお前」
「・・・いや、なんでも・・・悪い」
「いいえーこんなのよくあることですから」
 

短い謝罪に、夕貴が微笑む。
それに安堵したような溜息をついて、額を押さえた影時を覗きこみ、彷徨は呆れたように言った。
 

「顔、青いよ?」
「たいしたことじゃ、ない」
「そーゆー顔じゃないけど」
「影時さん、これ。一行さんのですけど良かったらどうぞ。
  もし気分悪くなったりしたら遠慮せずに言ってくださいね?
  部屋はたくさん空いてますから」
 

タオルと替えの服を差し出しながら夕貴は言う。
が、影時が動かなかった為、彷徨がそれを受け取った。
 

「・・・なんか怪しくないか?あいつ」
 

ボソッと呟くのは佳だ。隣にいた美杉にだけ聞こえるように少し身体を寄せる。
高さに差があるため、屈むように身を折っている。
 

「え、・・・怪しいって・・・?」
「だから、影時ってやつ。今グラス落としたのもやたら青ざめてたし」
「・・・確かに顔色は良くないみたいだけど・・・・」
「二人して何話してんの?」
「わあっびっくりした・・・っ」
「・・・・その緊張感のねぇ声聴くとやる気が失せる」
「なんですってぇ!?」
「ちょっ、落ち付いて弥生っっ」
 

突如乱入してきた弥生に、二人がそれぞれ反応する。
眉を吊り上げた弥生を必死になだめる美杉。
放っておけば間違いなく喧嘩の始まる二人を止めるのは、いつも彼女の役割だ。
 

「だからさぁ、あの影時って奴、怪しくねぇかって話」
「失礼ねーあんなカッコイイ人がどう怪しいってのよ」
「てめえの頭はそればっかりか。つーかカッコ良きゃ怪しくねーなんて有り得ねーだろ」
「五月蝿いわね!BのくせにAにケチつけてんじゃないわよ!」
「はぁ!?だからなんなんだよAとかBとか!」
「ちょっと、やめてってば二人とも・・・っ」
 

また騒々しくなりだした二人を必死に宥めようとするが、弥生も佳も相当頭に血が上っているらしく
美杉の言葉に耳を貸そうともしなかった。
 

「しつこいわね!だからあんたはBなのよ!BはAには敵わないの!わかる!?」
「一番わかんねーのはそのABがどっから涌いてんのかってことだよ」
「んなこと教えるわけないでしょ!?」
「だったらなぁ・・・・」
「・・・黙れ!!」
 

瞬間、室内が静まり返った。
顔を突き合わせて怒鳴りあっていた二人はそのままの姿勢で固まってしまい、横にいた美杉も
声のした方を向いて硬直している。
 

「・・・・・・・な」
「影時?」
「・・・俺の前でAとかBとか言うな」
「あたし!?・・・・ご、ごめんなさい・・・」
 

睨みつけられた弥生が、咄嗟に謝る。
まさか彼女の言うA、Bが何のことだかわかったわけではないだろうが、その迫力は尋常ではない。
 
しばらく沈黙が続いた。
誰も、何を言って良いかわからずに下や明後日の方向を向いている。
 

「・・・・」
 

暗い雰囲気を嫌う星覇が、躊躇いがちに口を開こうとしたその時。
 

「いった・・・っ」
 

短く高い叫び声が響いた。キッチンとつながるドアの所からだ。
全員の視線がそこに集まる。
 

「え・・・あ、ごめんなさい・・・///」
 

夕貴である。
何に対してかはわからないが、しゃがみこんだまま頭を下げた。
その目前には、新しい料理の乗ったトレーが置かれている。運んでくる途中だったようだ。
 

「あーあー鈍くせぇなぁ夕貴は」
「すみません・・・」
「最近やらなくなったのになー」
 

立ち上がった一行が料理を運び、そして再び戻ると、未だ座りこんでいる夕貴の顔を覗きこむようにして問う。
 

「大丈夫か?」
「あ、はい。すみません」
「別に謝る事じゃねーよ。痛い思いしてんのお前だし」
 

苦笑顔で夕貴の頭を撫でる。
顔を真っ赤にした夕貴は俯いて、未だ痛むらしい足をさすった。
 

「どしたの??」
「大丈夫ー?夕貴ちゃん」
「あ、はい!!ちょっと・・・小指を・・・柱に」
 

女性陣の心配そうな声に、恥ずかしさからか徐々に小さくなって行く声で応える。
と、室内を爆笑の渦が包んだ。
 

「ぷっ・・・夕貴らし・・・っ」
「タイミングがえーわ!天然には負けるでほんま」
「え、あの」
「まあまあ。ほら、戻ろうぜ」
 

一行が手を貸し、ようやく夕貴も立ち上がってテーブルへ戻る。
 
重い空気は完全に飛んでしまっているようだった。
それもそうかもしれない。
その中心になっていた影時も、クールで通している彷徨も、実は声を押さえて笑っているのだから。
 
痛い思いをした夕貴には悪いが、良かったと一行は思う。
そのタイミングも、それが夕貴であった事も、場を和ませた大きな要因だ。
 
そしてまた、賑やかな夕食が再開された。
 
今度は何事も無く、アルコールに弱い数人がいつのまにか眠ってしまうまでそれは続き
気がつけば深夜である。
 








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